2025年05月25日
目次
暗黙的談合が起こりやすい業界
暗黙的談合は起こりやすい業界とそうでない業界があります。これは業界の特徴が関係しています。その特徴とは次の通りです。(暗黙的談合については別記事「違法な共謀か?グレーな協調か?MBA受験生が知るべき明示的談合と暗黙的談合」をご覧下さい。)
1-1.企業数が少ない。
「企業数が少ない。」状態業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
企業数が少なければ企業はその分だけ比較的容易にそれぞれの行動を把握する事が可能です。そうなれば暗黙のシグナルを発信しやすくなります。また業界内の企業数が多ければ裏切りの影響が比較的小さいので、企業数が協調を裏切る可能性が高くなります。そのため企業数が少なければ暗黙的談合が起こりやすくなると言えます。
更に参入障壁の高さや製品差別化の程度も重要な要因であると言えます。新規参入が難しい業界では新規参入者による価格破壊のリスクが低いため、既存企業間で価格が安定しやすくなります。また製品がほとんど同質的で消費者が違いを感じにくい場合、価格競争を避けるために企業は協調する動機を持ちます。例えば航空業界や石油業界のように資本集約的で参入障壁が高く、かつサービス内容が類似している業界などはその典型例であると言えます。このように市場構造の特徴が暗黙的談合の成立可能性を大きく左右します。
1-2.製品差別化の程度が低い。
「製品差別化の程度が低い。」業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
差別化の程度が低ければ競争は激化します。よって企業が提供する製品の差別化の程度が低ければ暗黙的談合は起こりやすくなります。何故なら企業間の差別化の程度が低ければ、顧客に選んでもらう為に裏切り(価格競争)が起こりやすくなるので、暗黙的談合をするメリットが高まります。そのため差別化の程度が低ければ暗黙的談合が起こりやすくなると言えます。
加えて差別化の程度が低いマーケットでは価格が強い競争要因となるので企業は破滅的競争に陥るリスクを意識するようになります。その結果、互いに価格を安定させる無言の協調行動が合理的な戦略として選ばれやすくなります。特にコモディティ市場(例:セメント・鉄鋼・石油精製等)は製品の差がほとんどなく、顧客は価格以外で企業を区別しづらいため、暗黙的談合が発生しやすくなります。一方で、ブランド力や技術革新による差別化が強い業界では、価格以外の要素で競争できるので、談合の必要性は低下します。つまり差別化の程度は業界構造と企業行動を決定づける重要な要素であえると言えます。
1-3.コスト構造が同じ。
「コスト構造が同じ。」業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
コスト構造が同じ場合は最適生産量が同じ程度に収まる事になります。よって企業のコスト構造が同じ場合も暗黙的談合が起こりやすくなります。最適生産量が同じ程度である場合はお互い最適生産量を維持した方が利益率は高くなります。最適生産量は最も一製品当たりのコストが安い生産量になるので、企業はこの量を生産するのが合理的です。そのため暗黙的談合を行うメリットがあるのです。しかし最適生産量が大きく異なれば協調するのは難しくなります。
更にコスト構造が類似している企業同士は価格設定の水準や利益率の感覚も近いので互いの利益が最大化する均衡点が一致しやすくなります。例えば固定費比率が高い業界では、一度でも価格競争が始まれば損失が急激に拡大するので、各社は無用な競争を避けようとするインセンティブが強くなります。逆に一部の企業だけが圧倒的に低コストで生産できる場合は、彼らはシェアの拡大を狙って価格を引き下げる誘惑に駆られるので協調が成立しにくくなります。このようにコスト構造の均質性は暗黙的談合の持続性に直結する要素であると言えます。
1-4.プライス・リーダーがいる。
「プライス・リーダーがいる」業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
プライス・リーダーとは業界内で最大のシェアを有している企業です。業界内に価格(プライス)リーダーがいる場合、暗黙的談合は起こりやすくなります。価格リーダーとは業界内で最大のシェアを有しており、業界のルールや秩序を作る存在の企業です。このような企業がいる場合は他の企業はリーダーが設定した価格や利益率に従わないと何らかの形で報復される可能性があり、業界内にいられなくなる可能性があるので、暗黙的談合が起こりやすくなります。
更にプライス・リーダーは自社のコスト優位性やブランド力を背景に市場内の基準価格を提示します。他の企業は価格リーダーに対抗して値下げを行ったとしても収益性を維持できず、長期的には損失を被るリスクが大きいので、結局はリーダーに追随する方が合理的な選択になります。この構造が存在すると市場は競争よりも協調に向かいやすくなり、暗黙的な合意が自然に形成されます。特に自動車・通信・石油といった寡占業界は、こうした価格リーダーシップが実際に起こりやすい業界であると言えます。
1-5.業界文化・業界慣行
「業界文化・業界慣行」がある業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
業界文化・業界慣行がある業界では、その文化や慣行を守らないと企業は存続できません。よって業界内に業界文化や業界慣行がある場合も暗黙的談合が起こりやすくなります。業界文化などの存在は、企業グループに守るべきルールを与えるのと同じであり、必然的に業界文化を守るようになった企業は暗黙的談合を行った企業グループのようになります。業界文化が作られる理由や背景はさまざまですが、この文化の存在により暗黙的談合は起こりやすくなります。
業界文化・業界慣行の例としては、建設業界における元請・下請の関係や、広告業界における業界標準の手数料率などが挙げられます。このような業界文化・業界慣行は長年の商慣習として定着し、個々の企業がそれに逆らうことを難しくしています。更に業界団体や同業者組合が存在する場合、公式には情報共有や業界全体の発展を目的としていますが、実際には価格や取引条件の足並みをそろえる役割を果たすこともあります。このように文化や慣行が規範として機能することで、競争を避け協調的に行動することが当然となり、結果的に暗黙的談合を強化する事になります。
1-6.機会コストが高い。
「機会コストが高い。」業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
機会コストとはその選択を行う事で失うものを指します。業界内で談合を維持する機会コストが高い場合は暗黙的談合が起こりやすくなります。何故なら裏切ってしまう事で多くのものを失ってしまう結果となるからです。仮に談合関係を裏切る事で失うものが少なければ、つまり機会コストが低ければ多くの企業が裏切りに走ります。しかし裏切る機会コストが高い場合は暗黙的談合が起こりやすくなります。
企業にとって業界全体が安定した需要に支えられていて、価格を維持していれば利益が出せる状態だと、価格競争を行う必要性は低いものになります。また裏切りによって一時的にシェアを拡大しても、その後の報復により長期的に不利益を被る可能性が高い場合は、企業はリスク回避的に談合を守る傾向が強まります。更に業界内での取引関係が長期的であればあるほど裏切りによる短期的な利益よりも協調の持続が合理的と判断されやすく、暗黙的談合は維持されやすくなると言えます。
1-7.在庫維持が容易である。
「在庫維持が容易である。」業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
企業が生産物を在庫にする事ができれば、市場需要に合わせて無理に価格を変動させる必要がなくなります。よって業界内の企業が生産した在庫の維持が容易である場合も暗黙的談合が起こりやすくなります。企業は需要が減れば在庫にすればいいだけです。しかし例えば在庫にできない商品(賞味期限の短い食品等)はすぐに売り切る必要があるので、値下げや価格変更が起こりやすくなります。そのため在庫維持が容易である場合は暗黙的談合が起こりやすくなります。これは納期を伸ばす事ができる場合も同じです。
更に在庫を調整できる業界では暗黙的談合が起こりやすくなると言えます。在庫を調整できる産業では、各社が一時的な需要変動に柔軟に対応できるので価格を守りながら市場全体の均衡を維持することが可能になります。例えば鉄鋼や化学製品のように保存性が高く需要が比較的安定している業界では、在庫を活用して供給を平準化し、価格の下落を防ぐことができます。逆に在庫調整が効かない産業では、需要の変化がそのまま価格競争につながりやすく協調の維持が難しくなります。このように在庫維持のしやすさは、暗黙的談合の安定性を左右する要素となると言えます。
1-8.参入障壁が高い。
「参入障壁が高い。」業界では暗黙的談合は起こりやすくなります。
参入する障壁の高い業界は暗黙的談合が起こりやすくなります。何故なら業界内で協調した動きを取りやすいからです。しかし参入障壁が低ければ暗黙的談合は起こりにくくなります。何故なら新規参入が相次ぐと激しい価格競争や製品差別化の競争が始まり、それぞれの企業と談合関係を結ぶのは現実的に難しいからです。そのため暗黙的談合は参入障壁が高ければその分だけ起こりやすく、参入障壁が低ければ暗黙的談合は起こりにくいと言えます。
また参入障壁が高い業界では既存の企業は安定した地位を維持しやすくなります。何故なら参入障壁が高い業界では、新規企業が市場に入るために多額の初期投資や高度な技術力が必要となるため、市場が安定するからです。この安定性が価格を急激に変動させるインセンティブを低下させ、結果的に協調維持が合理的な選択肢となります。例としては航空業界や石油化学業界のように、インフラ投資や規制対応に膨大なコストがかかる業界では、新規参入が困難なため既存企業同士の暗黙的な均衡が成立しやすいのと言えます。。
暗黙的談合が起こりやすい業界:まとめ
暗黙的談合が成立するには上記のような条件が整っている必要があります。そのため常にどんな業界でも暗黙的談合が起こっている訳ではない、また起こす事が可能である訳ではない、という事はしっかりと理解しておきましょう。そして上記の条件もしっかりと覚えておくようにして下さい。