クルーノー型・ベルトラン型に学ぶ|MBA受験生が知っておくべき談合関係と裏切りの仕組み

2025年05月23日

談合関係と裏切り

「談合」とは同業他社と事前に話し合った上で生産量や価格を調整する事を言います。これにより協調した動きを取る事ができれば、企業はそれぞれが争い合うより利益を伸ばす事ができます。しかし「囚人のジレンマ」(詳しくは別記事の「囚人のジレンマとは何か?|MBA受験生のためのゲーム理論入門」をご覧下さい。)で解説した通り、以下のように談合関係には裏切るメリットがあります。

1-1.裏切るメリット

 談合関係には「裏切るメリット」があります。

 談合関係を裏切るメリットとは次の通りです。例えば10社が談合関係にあると仮定します。この中で全社が「製品は1万個・価格は100円」と決めていれば、各社の売上はそれぞれ100万円となります。(10,000個×100円)潜在的にまだ商品が売れそうな状態であっても全社がこの取り決めを守ればこの売上を維持する事ができます。しかしその内の1社が「こっそり5万個作ろう!そして価格を90円にしよう!」と決意しそれを実行に移した場合、その企業は450万円(50,000個×90円)の売上を作ることができます。仮に少し原価が上がったとしても、売上が5倍になっているので、この企業は取り決めを守るより充分大きな利益を出す事ができます。これが「談合関係を裏切るメリット」になります。

 しかしこのような裏切りは長期的に見ると得策であるとは言えません。何故なら裏切りが一度でも発覚すれば、他の企業も「自分達も協調する必要はない。」と考えて同じように生産量を増やしたり価格を引き下げたりするからです。結果として全社が値下げ競争に巻き込まれ、最終的には製品価格が大幅に下落し、全員の利益が減少するという事態に陥ります。これが典型的な「囚人のジレンマ」的な状況であり、短期的な裏切りのメリットと長期的なデメリットの対立が生じる事になります。

 また談合関係は法律的にも極めてリスクの高い行為になります。談合は多くの国で独占禁止法という法律によって厳しく取り締まられており、裏切りよる不自然な市場動向が表面化すれば摘発される可能性が高まります。当然ですが、摘発されれば企業は多額の罰金や刑事罰、更に社会的信用の失墜という大きな損失を負うことになります。そのため短期的には「裏切るメリット」は存在しますが、それはあくまで短期的なものであり、長期的に見ると裏切るという行為は非常に危険な行為であると言えます。

 更に談合関係の信頼は非常に脆いものです。10社が談合していたとしても、それを裏切るインセンティブは常に存在し、誰かが一度でも約束を破れば他社も疑心暗鬼になり協調関係を維持することが難しくなります。よって談合関係を維持する事は難しく、談合による競争回避は長期的に見ると難しいものであると言えます。

 まとめると企業が競合他社と談合関係を結びその関係に依存するのは望ましくない行為であると言えます。談合関係を裏切るメリットは短期的には大きいものであるといえますが、長期的には市場の競争環境を激化させ、法律的リスクや信頼関係の崩壊といった深刻なデメリットをもたらします。このため企業にとって本当に重要なのは談合ではなく持続的な競争優位を築く事であり、安易に談合や裏切りに依存するのではなく、技術革新やブランド力の強化によって健全な競争の中で利益を追求する姿勢が大切であると言う事ができます。

裏切りのパターン

談合関係を裏切るメリットは上記の通りですが、裏切りには二種類の方法があります。それぞれ以下の通りです。

2-1.ベルトラン型裏切り

 「ベルトラン型裏切り」とは価格競争において一社が協調を破って値下げし市場シェアを奪う行為を指します。

 ジョセフ・ベルトランは特定の企業が価格を下げるという行為で裏切った場合、裏切られた企業もそれに対応してより低い価格にするので、結果として最終的には完全競争の状態になると主張しました。つまりお互いが値下げ合戦を始めるので、要するに通常の競争状態に陥ると主張したのです。そのため価格を下げるという方法で誰かが裏切りを始めれば、結果として単なる競争状態に陥る事になると言えます。これをベルトラン型裏切りと言います。

 このベルトラン型裏切りの特徴は競争が価格に集中するので激しい競争が発生するという点になります。品質やブランド力では差別化できない市場では消費者は常に最も安い商品を選ぶ傾向があるので、価格を下げるという裏切り行為は即座に大きな効果を発揮します。しかし同時にそれは競合他社の値下げを誘発し、最終的に企業全体の利潤を大きく減らしてしまいます。この点でベルトラン型裏切りは短期的には合理的に見えるが、長期的には誰も得をしないというジレンマを抱えています。

 この構造は囚人のジレンマに似ているとも言えます。協調を維持できれば全ての企業がある程度の利益を確保できます。しかし一社でも値下げすれば、その瞬間は値下げした(つまり裏切った)企業が市場を独占できるので、裏切りに対する強いインセンティブが存在します。ところが一度でもこの行為が起こると、他社も報復的に価格を下げざるを得なくなるので、結局は全員が限界費用に近い価格で販売する状態、すなわち完全競争と同じ状態になります。これがベルトランが指摘した価格競争の本質であり、裏切りがもたらす結果であると言えます。

 この問題に対し企業はさまざまな取り組みで価格競争から脱しようとします。例えばブランド力を高めて製品差別化を実現したり、アフターサービスや品質保証などのサービスを追加する事で価格以外の要素で競争する戦略などが挙げられます。これらの行為はベルトラン型裏切りによる価格崩壊を防ぐための重要な手段であると言えます。逆に言えば商品が同じような水準であればその分だけベルトラン型裏切りが発生しやすく、企業にとっては非常に不安定な状態になります。

 結論としてベルトラン型裏切りは価格による裏切りのインセンティブとそれによる競争激化を示した概念であると言う事ができます。この理論は実際のビジネスの現場で企業が価格戦略を間違えば、企業の利益が失われてしまうという事を理解する上で極めて重要な理論であると言えます。

2-2.クルーノー型裏切り

 「クルーノー型裏切り」とは生産量競争において一社が協調を破って供給量を増やし市場シェアを奪う行為を指します。

 ジアントン・オーグス・クルーノーは特定の企業が供給量を増やすという行動で裏切った場合、裏切りられた企業も同じく供給量を増やすので、結果としてベルトラン型裏切りと同じく完全競争になると主張しました。何故なら裏切りにより供給量を増やして売上・シェアを伸ばした企業を知った別の企業は、同じく供給量を増やし始めるが、結果として需要がある量しか市場では売れないので、最終的にはそれぞれ企業が最適な量を作る事に専念するようになりそれは完全競争の状態だと言えるからです。これをクルーノー型裏切りと言います。

 クルーノー型裏切りが示しているのは供給量による協調の不安定さであると言えます。企業が協調して生産量を制限すれば、市場価格は高く保たれて、どの企業も安定した利益を得ることができます。しかしその中で一社でも裏切って生産量を増やせば、その瞬間は短期的に市場シェアを拡大することができ、売上や利益を大きく伸ばすことができます。これはベルトラン型裏切りにおける値下げと同様に、短期的には極めて魅力的な行為になります。しかしこの行為が一度でも起これば、他社もそれを黙って見ているわけにはいきません。よって全社が供給量を増加させる事になり、それが結果的に需要量を超える結果を生み出し、価格が下落して利益が減少してしまう事になります。

 ここで重要なのはクルーノー型裏切りの結果が供給過剰を生み出す可能性があるという点になります。需要には限界があるので、生産量を増加しても全てが売れる訳ではありません。供給量が拡大すれば価格の下落と在庫の増加が同時に発生し、企業の収益は悪化する事になります。これにより企業は供給量を増やすほど利益率が下がるというジレンマに直面する事になり、最終的には自社の限界費用を踏まえて供給量を決定するようになります。その均衡点はナッシュ均衡と呼ばれ、結果として理論的には完全競争に近い状態になっていきます。

 またクルーノー型裏切りは競争の均衡状態は極めて脆いという事も示しています。談合やカルテルのような協調行動は、参加企業にとって長期的には安定的な利益を保証するものですが、個々の企業には常に裏切りのインセンティブが存在します。この矛盾が市場に不安定さを発生させる原因であり、結果的に市場は完全競争的な状態になってしまいます。したがって企業にとって本当に重要なのは供給量での直接的な競争ではなく、研究開発やブランド力の構築といった差別化戦略であると言えます。

 結論としてクルーノー型裏切りは生産量による裏切りのインセンティブとそれによる競争激化を示した概念であると言う事ができます。この理論は単なる仮設ではなく実際に市場で見られる動きであり、特に同じような商品を扱うマーケットや競争が激しい分野で重要な意味を持っていると言う事ができます。

談合関係と裏切り:まとめ

 上記の通り談合関係というのは本質的には崩れやすい関係であると言えます。何故なら常に裏切るメリットが存在するからです。しかし一部の入札等がある業界では今でも強固な談合関係があるケースもあるので、その事実はしっかり認識しておきましょう。(談合は独占禁止法違反です。)そして談合関係による協調的な動きは、長期的に見ると企業にとって不幸な結果をもたらす可能性があるという事実も認識しておいて下さい。