ケースメソッドとは?

2025年05月01日

ケースメソッドとは何か?

ビジネススクール(経営大学院)では、一部の授業はケースメソッドで行われるという事を聞いた事があるかもしれません。ただケースメソッドという言葉は有名であっても、実際に何を用いて、どのように進めていくのかについてはあまり伝わっていないと感じていますので、以下の通り解説させて頂きます。

1-1.ケースメソッドは教授法です。

 ケースメソッドとは、ビジネス・スクール(経営大学院)で行われている教授法です。しかし受講する学生から見ると学習方法になります。ケースメソッドはハーバード・ロースクール(法科大学院)にルーツがあると言われています。法律の世界では判例(ケース)が重要になるので、判例を用いて討論を進めていく学習方法が取り入れられました。その後、1930年代頃にハーバード・ビジネス・スクールでも経営のケースを用いて学ぶ学習方法が取り入れられるようになりました。これは一般的な座学とは異なる学習方法になりますので、以下の通り使用するものや進め方について解説します。

1-2.ケースメソッドで使用するもの。

1.ケース(事例)

 このケースというのは実際の企業の事例に基づく話になります。例えば、実際に筆者が「Strategic Management」というケースメソッドのクラス(英語)で経験した例を挙げると、サムスンが農地にアミューズメントパークを建設すべきか,スターバックスがマクドナルドにコーヒーを卸すべきか,ダナハー・コーポレーションはDBSを頼りにこのまま買収を続けても良いか,というケースがありました。(他にはバークシャーハサウェイ社やディズニー,ルノー・日産・三菱自動車のケース等、さまざまなケースがありました。)使用したケースのほとんどはHBS(ハーバード・ビジネススクール)のものでしたが、一部、スタンフォードやバージニア大学のケースもありました。このようなケースは結論を出す上で必要となる最低限の情報が入っています。例えばスターバックスのケースでは、サプライヤー、消費者、競合他社、国別のマーケットの特徴(人口当たりのコーヒー店の数等)、ここで全てを述べるには難しいほど多くの情報が入っています。それに加えて財務諸表(B/SやI/S)を含むデータがExhibitとして10個程度含まれています。使用するケースはビジネススクールに行けば担当教授が用意してくれます。個人的に入手したい場合はHBSP(ハーバード・ビジネス・スクール・パブリッシング)等でも購入できます。

2.テキスト(教科書)

 一般的にケースメソッドを行う場合はその分野のテキスト(教科書)が必要になります。具体的にはケースメソッドで経営戦略の授業を行う場合は、経営戦略のテキスト(教科書)が必要になります。何故なら、該当する重要なコンセプトを知らずにケースメソッドを進めると、効果的な学習にならないからです。例えば企業買収のケースを扱うとします。この時に「シナジー」「バリューエーション」「デューデリジェンス」「垂直統合・水平統合」「PMI」等のコンセプトを知らないと、深い視点からケースを分析することができません。当然、そこから導き出される結論も、自然と質の悪いものとなってしまうでしょう。そのため最低限の基礎知識は該当するテキスト(教科書)で身に付ける必要があります。基本的には教授がケースを配布するのと同時に事前に読んでおくべきテキストを指示してくれます。

3.その他の情報

 ケースメソッドでは、ケースとテキストを読み込み少しでも有益な意見が出せるよう思考することになりますが、それだけだと不充分になる場合もあります。具体的には,自分の意見を裏付けるにはケースにある財務諸表のデータだけでは不足していると判断した場合、企業の有価証券報告書やIRレポートを遡って入手し分析する必要があります。実際に筆者が経験した例としては、WACC(加重平均資本コスト)の推移を計算する時にケースでは情報が不足していた為、有価証券報告書(英語)を10年分コピーして分析し、その数字を用意してからグループディスカッションに臨んだ事があります。これは一例に過ぎませんが、他にも相手を納得させる為の情報源を自分で用意する必要があります。また、その過程では企業分析を行う力が自然と磨かれていきますので、これもケースメソッドで身に付く力の一つだと言えます。

1-3.ケースメソッドの進め方

 ケースメソッドの進め方は以下の通りです。

1.教授がケースやテキストを決定し、質問事項を公開する。

 まず教授がケースやテキストを配布します。テキストはどのページを読むべきかを指定します。その後、質問事項を公開します。例えば企業が特定の地域で成功した後に、次の展開に行き詰っているとします。この企業は、次にどこの国で事業を展開をするべきか、それは何故か、その企業の新事業参入時における強みと弱みは何か等、幾つかの質問事項が渡されます。教授はこれを考えるのが仕事であり、学生はこれを考えてくるのが仕事です。まずケース・テキスト・質問事項を教授が決定します。

2.学生個人で考えて自分の意見をまとめる。

 次に学生は個人でケースやテキストを読み、質問事項に対する意見をまとめ挙げます。ここで最も重要なのは、ケースメソッドには正しい答えがないということです。そのため自分の意見を通すには周囲が納得できる理由や適切な根拠を示す必要があります。例えば、特定の飲食チェーンがどの国に参入すべきかを決定する時に、「米国がいい!何故なら巨大市場だからだ。」とか「中国がいい!人口が多いからだ。」と答えていたら、もうこれは下手すれば意見とすら思ってもらえません。何故なら根拠が弱すぎるからです。そのため米国がいいと答えるにしても、米国の競合他社のマーケット、戦略グループ、将来的なマーケットの予想、ターゲットとなる顧客セグメントの状態と今後の人口動態の予想、米国の飲食企業の業界平均利益率、投資回収までの収支シミュレーション(DCF法を使う。)等を述べないと、もうそれは意見として扱われる事すらないでしょう。それに加えてテキストにあるコンセプトも織り交ぜて、その意見が何故採用されるべきなのかを言えなければ、教授はおろか周囲の誰も説得することができないでしょう。そのためしっかり自分の意見と根拠をまとめる必要があります。

3.グループでディスカッションを行う。

 自分の意見をまとめたら、グループでディスカッションを行います。これには多くの時間を費やす事になります。何故なら、自分と同じ意見を周囲が共有しているとは限らないからです。また仮に意見が同じでも根拠が異なれば徹底的に納得できるまで議論し合う必要があります。これには多くの時間を使います。この過程では意見が一致しない可能性もありますが、個人の意見とは別として、グループとして代表となる意見を用意できると理想です。何故なら、実際の授業ではそこまで発言できる機会がない可能性も充分に考えられるからです。

4.ケースメソッドのクラスでディスカッションを行う。

 その後、ケースメソッドのクラスでディスカッションを行います。基本的には教授が決めた通りに授業が進み、学生達は質問された内容に対して挙手を行い当てられたら自分の意見と根拠を述べます。それに対してどう思うか、という質問を教授が投げかけたら、同じく挙手を行い自分の意見を述べていきます。基本的に正しい答えというものはないので、どれだけ周囲が納得できる意見を述べることができたかが重要になります。この発言の回数や内容によって教授は学生の成績を決定します。因みにケースメソッドの生みの親であるハーバード・ビジネススクールでは、授業時に数回に一回は発言しないと単位を取得することができないので、教授が質問すれば大勢の学生が手を挙げて当ててもらうことすら難しいと言われています。もちろんその内容の良し悪しもシビアに問われます。

5.見直し・反省を行う。

 クラスの後は、他人の意見や教授の意見を聞いた上で、自分の意見に対する見直しや反省を行います。そうする事で、次の授業では更に価値のある意見が出せるようになっていきます。このようにケース(事例)を用いて経営判断の思考の訓練を行う事で、実際に困難な状態にある企業に対して、価値の高い提案ができるようになっていきます。

ケースメソッド:まとめ

2-1.ケースメソッドは優れた教授法です。

 上記の通り、ケースメソッドは時間や労力を使う教授法(学生から見たら学習方法)になりますが、学生にとっては価値ある提案ができるようになる有意義な教授法になります。ケースメソッドは戦略だけではなく、マーケティング、組織論、ファイナンス等、あらゆるテーマで行われます。ケースメソッドのような方法だと特に経営判断を求められる経営コンサルタントや経営幹部にとっては有意義な模擬訓練になりますので、世界中のビジネススクールでケースメソッドが取り入れられています。